定年退職をしたあなたにこそ知ってほしい

川瀬巴水の木版画──孤独を旅する美の記録

仕事を離れ、ふと手持ち無沙汰になる夕暮れ時。
若い頃のような焦燥も、義務感もない。
そんなとき、静かに心を満たしてくれるものが、実は「絵」であることがあります。

今回ご紹介したいのは、明治〜昭和を生きた木版画家・川瀬巴水(かわせ はすい)
定年後の男性、特に“孤独と静けさ”をどこか愛おしく感じられるようになった世代の方に、私はぜひ彼の作品をおすすめしたいのです。

川瀬巴水 島原九十九島

スティーブ・ジョブズも愛した「新版画」の巨匠

川瀬巴水は、浮世絵の伝統を継承しつつも、西洋の遠近法や陰影表現を取り入れた「新版画運動」の中心人物。彫師・摺師とともに分業で作り上げる、まさに“現代の浮世絵”とも言える精緻な木版画を、生涯600点以上も遺しています。

その評価は海外で特に高く、Appleの創業者スティーブ・ジョブズも彼の作品を愛したことで知られています。
実際にeBayなどでは、同時代の他の版画家よりも一桁高い価格で取引される作品も珍しくありません。

川瀬巴水 初秋の浦安

旅する中年男の視点が切り取った「日本」

巴水の作品には、派手さや技巧のひけらかしはありません。
それでもなぜこれほど心に響くのか。

それは、彼の視点がどこまでも主観的であり、静かな独自性に満ちているからです。

「一体版画になる景色は、あまり複雑では駄目である。簡単で居て面白味がなくては駄目である、唯に景色がよいといふ処は何処にでもあるが、それは普通の絵にこそなれ、版画とはわけが違う」
──(川瀬巴水『版画の旅』1925年8月17日 都新聞)

この言葉が象徴するように、巴水は観光名所のように“美的評価が定着した風景”を描くことを避け、自分の感性が動いた場所にこそ筆を向けました

彼が本格的に木版画の制作を始めたのは35歳。その後77歳で亡くなるまで、ほとんどの作品はひとり旅の写生によるものです。

「旅立ちも、銀座をぶらつく程度の軽い気持ちで」
──そう語りながら、彼は何気ない地方の町並みや道端の雪景色など、**自分の視点が捉えた“静かな風景”**を繊細に版画へと落とし込んでいきました。

川瀬巴水 大阪宗右衛門町の夕

定年後にこそ沁みる、「落ち着いた淋しさ」

巴水は語っています。

「さう言う落付いた淋しみの翳濃いものを好みます」(『半雅荘随筆』1935年)

これはまさに、人生の浮き沈みを越えた中年男性の心にこそ染み入る感性。
川端康成も、巴水の作品に「日本人の伝統的な心の美や宗教観を刺激する深みがある」と評しています。

私は思うのです。
巴水の作品に通底するのは、孤独を噛み締めながら、それでも旅を続ける男の哀愁なのではないかと。

俳人・種田山頭火の姿を重ねたくなるほどに、彼の旅と写生には「生きることそのもの」がにじんでいるのです。

川瀬巴水 秩父長瀞

もし家に古い版画があれば…

ちなみに、川瀬巴水の木版画、とくに渡邊庄三郎の版元による大正~昭和初期の初摺・初版のものは非常に高額で取引されています。
もしご実家や蔵などにそれらしい作品が眠っているようでしたら、ぜひ美術商などに鑑定してもらうことをおすすめします。
意外な高額評価がつくかもしれません。(状態によるので、保証はしませんが)

川瀬巴水 西伊豆木負

私がおすすめする、巴水の世界に触れる3冊

1. はじめての一冊に最適な決定版

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2013年の初版以来、11刷を重ねるロングセラー。傑作「東京二十景」や、巻頭の大判グラビア「巴水と旅」など、巴水の主要作品を網羅しながら、英訳付き索引も完備。入門にして保存版の一冊です。


2. 代表作約300点を収録した豪華版

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「旅みやげ」や「日本風景選集」など、シリーズものを中心に旅する画家・巴水の軌跡が凝縮された一冊。じっくり眺めたい方に。


3. 感想投稿でPDF版がもらえる、気軽なワイド版

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感想を書くとpdf版がもらえますが、川瀬の作品は著作権はまだ切れていませんので、データの無断使用・販売は禁止です。個人で楽しむ用途にとどめてください。


最後に──「空に染まらぬ白鳥」のように

巴水の風景は、まるで若山牧水の一句のようです。

「白鳥は哀しからずや 空の青 海のあをにも染まずただよふ」

空にも、海にも染まらない。
ただ静かに、そこにいる──。

寂しさの中に光る孤高の精神の存在。

旅する絵師・川瀬巴水の世界に、ぜひ一度触れてみてください。

そして、これらの本を手に取って、今もまだこの風景が残っているのかと全国を訪ね歩くのも面白いかもしれません。
まるで“旅のしおり”のように、画集を片手に各地を巡る──そんな趣味を始める中高年の方が現れるのではないか、と私は密かに思っています。

たとえば、東京の増上寺の門は今も残っています。巴水が描いた雪景色のように、静かな雪の日に訪ねてみるのも一興です。

私もこれから、巴水の見た風景を追って旅をしてみようと思います。

川瀬巴水 芝増上寺 

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