66歳、茶道を始める。動機は深くて、浅い。

――うっかり裏千家に入門してしまいました。

どうして66歳という歳になって、今さら茶道なんて始めようと思ったのか。

よく人に聞かれる。

そんな時には、

「10年くらいやって、一人前になれたらいいかなと思っているんです」

と答えることにしている。

相手が親しい人なら、もう少し本音を言う。

「76歳になった時に、『お茶やってます』って言えたら、ちょっとカッコよくない?」

これは男女を問わず、たいてい「それはいいね」と言ってもらえる。

もっと正直に言えば、

「76歳になって、若い女子に『お茶やってます』って言ったら、ちょっとウケるんじゃないか?」

という下心もなくはない。

ここまで言うと共感度が急激に下がる気がするので、普段は内心の自由にとどめている(笑)。


もちろん、それだけで茶道を始めたわけではない。

古物商として茶道具を扱うようになり、茶碗や棗、茶杓などについて、本やネットで付け焼き刃ながら勉強してきた。

知識は少しずつ増える。

しかし、どうも分からない。

茶道具というものは、使われる世界を知らずに道具だけ眺めていても、肝心なところが見えてこないのではないか。

だったら、自分でやってみよう。

そう思って飛び込んだのが、たまたま見つけた裏千家の体験教室だった。

先生は偶然にも私と同学年で、気さくな方だった。

「この先生なら、多少ミスしても怒られなさそうだな」

と思ったことも、入門を決めた大きな理由である。

ちなみに裏千家を選んだことに、深い理由はまったくない。

表千家と比較検討したわけでも、茶道史を研究した末の決断でもない。

通えるところにあった教室が、裏千家だった。

それだけである。

その程度の知識で、66歳の初心者は茶の湯の世界に飛び込んだ。


それでも、思い込みの激しい私は思う。

茶道を習うのは、私の運命だったのだ!

……と書くと、ずいぶん大げさである。

だが、まんざら冗談でもない。

私は広告という、流行を追いかけることを仕事にしてきた。

TVCMやWeb制作に携わり、東京だけでなく、バンコク、ホーチミン、北京でも駐在し仕事をした。

新しいものを探し、新しい表現を考え、昨日までなかったものをつくる。

そんな世界に長くいた。

決められた枠はもちろんあるが、普通の会社員生活からすれば、かなり自由度の高い仕事だったと思う。

そのせいか、私はどうも「型にはまる」ということが苦手である。

いや、苦手というより、そもそも型にはまろうと思ってこなかった。

そんな人間が、人生の後半になって、今度はわざわざ何百年も続いてきた「型」の中に入ろうとしている。

自分でも理解不能で少し可笑しい。

けれど、そこに惹かれたのだと思う。

「不易流行」という言葉がある。

私は半生を「流行」の側で生きてきた。

だから今度は、時代が変わっても変わらずに残ってきたもの――「不易」の側を覗いてみたくなった。

お稽古するには茶釜も必要(?)と、ダイニングテーブルの上に居座ることになった茶釜(佐藤浄清作)。惚れ惚れするほど美しい。

実際、今の時代、お茶を習おうという大人はそれほど多くないのかもしれない。

本屋や古本屋へ行っても、茶道の本の少なさに驚くことがある。

「こんなにないのか」

と思う。

すると、天邪鬼な私は逆に燃えてくる。

そうだ。10年かけて茶人と名乗れるようになって、日本の茶道を盛り返そう!

……話が急に大きくなった。

いまだに帛紗の扱いにも四苦八苦している人間が、もう日本の茶道の将来を心配している。

我ながら、なかなかのお調子者である。

「何を素人が」と言われれば、その通り。

それでも、本当に今こそ、茶道をはじめとする日本文化の良さを、誰かが次へ手渡していかなければならない時期に来ているのではないか、とも思う。

私一人にできることなど、たかが知れている。

それでも、何百年と続いてきた茶の湯という大河に、ほんの一滴くらい加わることができたなら、それはそれで悪くない。


そして、もう一つ。

この歳になって**「これから十年かけて、こういう人になってみよう」**と思えるものに出会えたことを、私はありがたいと思っている。

仕事をしていた頃は、次の目標を仕事が勝手に持ってきてくれた。

次の仕事。次の役割。次の課題。

ところが、そこから降りれば、次に何を目指すかは自分で決めるしかない。

これは定年した人だけの話でもないのだろう。

20歳でも40歳でも66歳でも、今の自分が完成品だと思わない限り、「これから何を身につけようか」と考える余地は残っている。

私の場合、それがたまたま茶道だった。

しかも幸いなことに、これから私が入ろうとしている「道」は、何百年もの間、先人たちが歩き、磨き続けてきた道である。

今さら私が道を発明する必要はない。

一つずつ教わって、一つずつ身につけていけばいい。

その先に何があるのかは、まだ知らない。

だから、とりあえず十年やってみる。


下世話な欲望と、古物商としての必要から始めたはずなのに、気がつけば「不易」を語り、日本文化を背負うようなことまで言い始めている。

困ったものである。

まずは精進するべし。

女子ウケなんてこざかしいことは忘れて、今日も自宅で、初歩の初歩である「割り稽古」に勤しむ私でした。

さて、これで茶人に一歩近づいただろうか。

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