66歳、薄茶点前がどうしても覚えられない。

――なので、点前を7つの言葉にしてみた

そんなわけで(前話参照)始めたお茶のお稽古ですが、始めてみて気がついた。

覚えなければならないことが、山のようにある。

これは困った。

ただでさえ最近、「あれを取りに来たはずなのに、何を取りに来たんだっけ?」と部屋の真ん中で立ち尽くすことが増えてきた66歳である。

そこへ、帛紗だ、棗だ、茶杓だ、茶筅だ、柄杓だと次々にやってくる。

なかなかのハードルである。

お茶のお稽古は、まず「割稽古」から始まる。

「割」とは、一連の点前をパーツに分けるという意味で、割稽古では、その一つひとつの所作を取り出して練習する。

帛紗捌き(さばき)のような茶道独特のものから、襖の開け閉め、お辞儀の仕方まで。

これはまあ、仕方がない。

身体が覚えるまで、何度もやるしかない。

66歳も間違え、やり直し、また間違えながら、少しずつ覚えていく。

ところがある日、先生が突然言った。

「じゃあ、風炉の薄茶点前をやるから!」

え?

もうですか?

割稽古もまだ怪しいんですけど。

しかし先生は平然としている。

「この薄茶点前の中に基本が全部入っているから。こればっかり3か月やるので」

なるほど。

たしかに利休百首にも、

「点前こそ薄茶にあれと聞くものを――」とある。

利休さんまでそうおっしゃるなら、仕方がない。

がんばります!

入門して急ぎ揃えたお稽古道具。紫の布が帛紗です(え?知ってるって?、、失礼しました)。

ところが、これが始めてみるとなかなか大変なのである。

割稽古で一つひとつの所作は、なんとなく分かってきた。

帛紗も前よりは扱える。棗も清められる。茶杓も清められる。

ところが、それを一連の点前としてつなげた途端、次に何をするのか分からない。

帛紗で棗を清める。

茶杓を清める。

……。

あれ? 次、何だっけ?

先生から、「茶碗を引いて。男性は帛紗を腰に」と助け舟が出る。

「あ、そうでした」

と進む。

しばらくすると、また止まる。

「干菓子って、いつお客様に勧めるんだっけ?」

さらに、

「水指の蓋、なんで今開けるんだ?」

頭の中に「?」をいくつも浮かべながら、先生に言われるまま進み、どうにか一服のお茶が出来上がる。

終わってみれば、なんとなく点前をした気にはなる。

しかし、これはいけない。

考えてみれば当たり前で、割稽古で覚えた一つひとつの所作は、いわば部品である。

部品だけ渡されても、どこに取り付けるのか分からなければ、一台の機械にはならない。

まず一連の点前の大きな流れを頭に入れないと、せっかく覚えた割稽古が宙ぶらりんになってしまうのだ。

そこで私は考えた。

まず、割稽古の所作を一連の流れの中に割り当てた手順表を作ってみよう。

作った。

PDFにした。

……長い。

一覧性が悪い。

プリントすると文字が小さくて、66歳には見えない。

66歳のために作ったのに、66歳に読めない。

これはいかん。

表の方は今後改良するとして(完成したらここで公開するつもりです)、作っている途中で一つ気づいた。

細かい手順を全部覚えようとする前に、まず点前全体をいくつかの塊にして覚えればいいのではないか。

そこで、こんな言葉を作ってみた。

「置く」

「(棗・茶杓)清める」

「(茶筅・茶碗も)清める」

「準備完了・干菓子を勧め」

「抹茶を投入」

「水指で一呼吸」

「茶を点てる」

どうだろう。

置く → 清める → 清める → 勧める → 入れる → 一呼吸 → 点てる。

※66歳が迷子にならないよう勝手に立てた、「茶を点てるまで」の7つの目印です。(千家非公認

これなら私にも追える。

もちろん、正式な茶道用語としては突っ込みどころがあると思う。

とくに、

「抹茶を投入」

などという言い方は、千利休が聞いたら眉をひそめるかもしれない。

工場の製造工程みたいでもある。

しかし語呂がよく、私はこれなら覚えられる。

何せこっちは66歳。必死なのだ。

「茶筅茶碗も清める」だって、茶筅通しを「清める」と表現してよいのかは怪しい。

だが、これは茶道用語集を作っているのではない。

私の頭の中に、点前の地図を作っているのである。

「(棗・茶杓)を清める」と来れば、まず「帛紗を使うんだったな」と思い出せる。

「準備完了」と来れば、「そうだ、ここでお客様に干菓子を勧めるんだった」とつながる。

「水指で一呼吸」まで来れば、いよいよ茶を点てるところまで来たと分かる。

つまり、細かい所作を一個ずつ丸暗記するのではなく、まず大きな道筋を作り、そこに割稽古で覚えた所作をぶら下げていく。

これなら何とかなるのではないか。

そして、これは案外66歳だけの問題でもない気がする。

茶道を始めたばかりなら、20歳でも40歳でも、

「一つひとつは習った。でも、つながると分からない」

ということはあるのではないだろうか。

もしそうなら、この少々乱暴な七つの言葉が、誰かの役に立つかもしれない。

もちろん先生の前で、「次は『抹茶を投入』ですよね!」

などと言う勇気は私にはない。

あくまで頭の中だけにしておこう。

玄人の皆様も、どうか笑わないでいただきたい。

こちらはなんとか覚えようと必死なのである。

そして昨日よりは、薄茶点前というものの全体像が少し見えてきた。

きっとこれで、茶人に一歩近づいたに違いない。

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